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踊りを捧げる

 先ほど、NHK BSで、バレエダンサーの首藤康之さんが、バリに行き、バリ舞踊を習うという番組を観ました。

私は首藤さんを写真では拝見したことがあるものの、映像で観るのは初めて。

観た瞬間、「見つけた!!」
という感じでした。

プロだと思いました。
一つ一つの動作、表情。
何気ない仕草も、座っているだけでも、それが「表現」につながっているように見えました。



私は、物ごころついた時から「何かになりたい」
ずっとそう思い、そして何かを探しながら生きてきました。
今ではヨガと瞑想という、自分自身を探求していけるものを見つけたので、
それを深めることが日々の生活の一部、私の生き方となっています。

ヨガと出逢う前は、興味のそそる事をして、また場所を変えて…
「プロになりたい、何かになりたい、表現したい、私の居場所はどこ?」
そればかりでした。

ただその中には、
「人から認められたい、すごいと言われたい」とか、
「そんな生き方なら自分を好きになれるんじゃないか」とか、
沢山のエゴがあったのも事実です。

でも、プロというのは、そういったエゴを解放し、その先にあるものなんじゃないか、とも思います。


瞑想は「集中すること」によって深まります。

私は瞑想をして、自分の内側に集中し、探求しますが、
きっと首藤さんはバレエによって集中し、探求し、表現して。
そうやって生きてきた、だから自身が、意識せずともそのまま「表現」になっているように感じました。
存在そのものが純粋に、「表現」に見えました。

私は、瞑想の先にあるものは「ただ、存在になる」
それだと思っています。

でも、小さな自我が邪魔をし、取りはらう事ができていません。
このごろは、エゴが、これ以上深く入るのを怖がっているようにも感じます。

「このまま、自分の願いや欲求を手放し続けて、どうなるの?
あるがまま、ながれるように。なんてそんな生き方してる人、聞いたことないよ。」
と語りかけてくるのです。
実際は、そういう意識状態で生活できる日の方が、物事がスムーズに進むのですが。

おそらく、「ただ、存在になる」と、エゴがなくなってしまう。
だからエゴが自分が無くならないように抵抗しているのでしょう…


私はヨガと出逢う前、様々なことに挑戦しましたが、つきつめることはできませんでした。
それも、自分のエゴが邪魔をしていたからです。

でも今日、首藤さん・プロをみて、
このエゴを少しずつでも手放していこう、殻を破ろう、そう思えました。

そして、エゴを持っている事を許せない自分もいるので、受け入れつつ、手放して。

エゴでもなく、エゴを観ている自分でもなく、その外側にポイントがあるような、そんな気がしているのです。
(分かりにくいかもしれませんね…ごめんなさい。
今回のブログは、自分のために書いてしまいました。
読んでくださりありがとうございます。
どうしても、誰かに伝えたくて…)



この番組、再放送があるそうなので、興味がある方は観てみてください(^^)
BSプレミアム 「旅のチカラ」
木曜日 8:30〜
土曜日 8:45〜

今回は首藤さんメインのように載せてしまいましたが、
「神に捧げるために踊る」
という伝統のバリ舞踊も素晴らしかったです。

ココロが踊り、喜びました**

私も、神(大きな存在)に自分を捧げよう。
あるがまま、ながれるように。
感じて。

でも本当は生きること自体が踊りで、知らず知らずのうちに捧げているのかもしれませんね。

ありがとうございます。






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